日本の建国記念日の由来と意味についてまとめておきます。

建国記念日の意味

2月11日は、「建国記念日」ではなく、正式には「建国記念の日」であり、祝日法によると”建国をしのび国を愛する心を養う”と規定されています。つまり、”日本が建国された日を記念する日”ではなく、”日本が建国されたという事実を記念する日”にあたるのです。

では、なぜこのような回りくどい解釈がなされているのでしょうか?

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建国記念日の由来

もともとは、初代天皇の神武天皇が即位した日にあたる1月29日が「日本が建国された日」として、つまりは建国記念日として、1872年に祝日に制定されました。しかし、その後、1月29日は孝明天皇の命日である1月30日と前日であることなどから、祝日としては不適切だと考えられたため、1873年に神武天皇の即位日を新たに2月11日に定め直し、この日が紀元節と命名されたのです。

よって、紀元節にあたる2月11日が「日本が建国された日」である建国記念日として、国民の休日となったのです。ここで、神武天皇の即位日を日本国の始まりとした理由についてですが、これは日本には国としての始まりの日がないからだと考えられます。

というのも、日本以外の国の建国記念日の多くは独立記念日に設定されています。つまり、他国の支配や統治から独立した日を、新たな国家が成立した日として、建国の日と定めているのです。ところが、日本には歴史上他国に統治された経験や革命などによって国家が分裂したなどの事実がないため、建国の日として定める日がなかったのです。

そこで、初代天皇が即位した日を日本国の始まりの日と定めたのです。

以上から、2月11日が建国記念日として制定されたわけですが、戦後すぐにこの記念日は廃止されてしまいます。

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「建国記念日」の廃止と「建国記念の日」の制定

戦後の日本では、占領軍が天皇の影響力を弱める目的で、史実が不確実な記念日などを廃止するように迫っていたのです。

そもそも、神武天皇の即位日についての資料は日本書紀くらいしかなく、日本が建国されたとされる日は信ぴょう性に欠けるのです。そのため、このような天皇の神格化を助長する恐れがある記念日を残しておくと、日本人が再び天皇を中心として攻撃を仕掛けてくる危険があるとアメリカ側が判断しました。

このような経緯から、紀元節はGHQの意向により、いったんは廃止されたのです。

しかし、1951年頃から紀元節を復活させて欲しいという要望が国民から寄せられたため、1957年に「建国記念日」の制定に関する法案が提出されたのですが、当時の野党が反対したため否決されました。その後、9回もの法案提出と廃案を繰り返し、1966年にようやく「建国記念の日」として成立します。

当時の有識者の見解から、建国記念日ではなく「建国記念の日」とすることで、「日本が建国された日を記念する日」ではなく、「日本が建国されたという事実を記念する日」と解釈することで落ち着いたのです。

まとめ

現在、2月11日は建国記念日ではなく、「建国記念の日」であり、”建国をしのび国を愛する心を養う”ための日として規定されています。そのため、”「建国記念の日」は、”日本が建国されたという事実を記念する日”と解釈されています。

そもそも、日本には実質的な始まりの日がないため、初代天皇の即位日を建国記念日としたわけですが、戦後のGHQの意向によりあっさりと廃止されてしまいます。しかし、建国記念日の復活を望む声が大きかったため、「建国記念の日」として解釈を改めることで、現在に至っています。

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